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緊張を解け! 第8回JETCUPコンクールの最大ミッション

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ソムリエコンクールは、それぞれに特色がある。
サービス実技で、客役の審査員がワガママなオーダーをしてみたり、わざと栓部分を固めて開けられないようなボトルが仕込まれていたり、事前によーーーく振っておいたスパークリングワインのボトルがセラー・スペースにそっと置いてあったり。
テイスティングでは、開催国で造られたレアな酒が出題されることも。実際、昨年東京で行われた世界最優秀ソムリエコンクールでは国産のトマト・リキュール「ラ・トマト」が登場した。日本人でも知っている人は少ない酒だ。
おかげで選手のソムリエたちは、想定外の出題や小細工に動揺し平常心を失った結果、グダグダになってしまいがちである。

そんなコンクールのドSっぷりに引き気味な方には、「JETCUP イタリアワイン・ベスト・ソムリエ・コンクール」あたりが程好いのではないだろうか。ブラインド・テイスティングは、すべてイタリアワインであることが前提だし、サービス実技で奇想天外なイタズラは用意されない。となると、選手たちにとっては臨機応変で細やかなおもてなしをどう見せていくかが勝負どころ。つまり、オーソドックスなコンクールでは、自店で日々培ってきた経験が大きな意味をもつ。
あとは、緊張した精神状態を解きほぐすことがいちばんの課題となる。

11月19日、イタリア文化会館にて開催された日欧商事主催「第8回 JETCUP イタリアワイン・ベスト・ソムリエ・コンクール」決勝大会では、ステージ上でひとりの男がガッチガチに固まっていた。

「ヴィーノ・デッラ・パーチェ」の永瀬喜洋氏。

スポットライトがあたるテーブルには、ブラインド・テイスティング用のワインが4種並んでいた。最初の白ワイングラスに手をのばして試飲を開始するが、頭がいつものように働かない。香りと味は、確かにわかる。ワインコメントもすらすらと出る。でも、それらの特徴がどうしても品種の推測へと結びつかなかった。

焦った彼は、ステージ上でそっとメンタル・コントロールのために習ったイシュタ・ヨガの呼吸法を実践。心を鎮める鼻呼吸を行なってはみるものの、すぐには効果が出ない。
そこで、香りと味の特徴を言葉にした永瀬氏は、その言葉からイメージできる品種を客観的に選択。嗅覚と味覚からリンクさせるのでなく、自分で発したコメントをまた聞き直す形で情報を脳へと戻し、なんとか回答を導き出した。

とはいえ、このままの流れで4種すべてをこなすには無理がある。そこで永瀬氏は、テイスティングの順番を変更した。白ワイン2種、赤ワイン2種の順にグラスは並んでいたが、1番目の白を試飲した次は、あえて1つ飛ばして赤へ。これでようやく「スイッチが入った」。試験の流れを変え、気の持ち様をも変えるきっかけにしたのだ。
緊張によるテイスティング時のパニックから、永瀬氏はこうやって脱出した。

ところで、フレンチ系とイタリア系のコンクールを比べると、ユーモアの要素はイタリア系のほうが強い。どの出場選手も、どこかでクスッとした笑いを起こさせ、ステージ上で客役を務める審査員や、客席にいる観戦者の心をも解きほぐすシーンを作る。
永瀬氏は、さほど笑いを求めにいくタイプでないものの、代わりに心温まるサービス実技を見せた。昨年の実技は「客との対話が成立していなかった」と猛省していた彼が、今年は客の意向をスムーズにくみ取り、優雅な立ち振る舞いを披露。ステージを見守っていた観戦者のなかでも、この時点で「彼が優勝でしょう」と予測する声が聞かれるほどだった。



その予測通り、審査終了後に第8回JETCUP優勝者として名が呼ばれたのは、永瀬氏だ。
実力がありながら、誰よりもストレスを強く感じたのは、「JETCUPコンクールへの挑戦は今回で最後」と決意していたこともある。昨年の第7回では2位。前年より上となれば、もはや1位しかない。全力でやりきろう、と自分を追い込んでいた。

名古屋のイタリア料理店を離れ、永瀬氏が上京したのは6年前。第1回JETCUP優勝者である内藤和雄氏に声をかけられ、彼の率いる「ヴィーノ・デッラ・パーチェ」に入店、知識と技術の完成度を高めてきた。
不思議なことに、永瀬氏に対し内藤氏はそっけない態度を通してきたのだとか。オブラートのかかった情報だけをポンと与えて、知らんぷり。でも、自分で考えて調べるからこそ、身に付く情報や技術がある。そして、永瀬氏が自分なりの答えに基づき行動すると、ときに失敗しても内藤氏は怒らなかった。

コンクール終了後、関係者たちへ精力的に挨拶をしてまわっていた内藤氏を捕まえた。

「内藤さんがそっけない態度だから、永瀬さん、『ちょっと寂しかった』って言ってましたよ」

「え、寂しかった、って? そうかそうか」と苦笑した内藤氏へ、さらに永瀬氏のコメントを伝えてみた。

「でも、永瀬さんはわかってました。自分で調べるように仕向けて、情報が身に付くよう配慮してくれていたこと」

「分かってた、って言ってたか」

内藤氏は、少し伏し目がちになった。

「あいつ、上京してからも長いこと苦労してきたんだ。でも、あいつだって、男としてやりたい夢があるはず。そのために、どうしてもこのコンクールで優勝させてやりたかった。優勝……」

と、あわててポケットからハンカチを取り出した内藤氏。彼の目から、ぶわっと涙があふれてきたのだ。少しおどけた口調で「泣かせるなよぉ」とだけ言って、ハンカチを目に押し付けた。
緊張のあまりなかなか思うような結果が出せなかった永瀬氏を、突き放しながらも見守り続けてきた内藤氏自身、ようやく緊張から解放された瞬間だった。


文・山本ジョー

参考サイト:日欧商事株式会社
www.jetlc.co.jp/